これまでの「みんなの会」の活動内容と成果 | ||||||||||
三嶺の森をまもるみんなの会 代表 依光 良三 | ||||||||||
はじめに | ||||||||||
人と自然との関わりのあり方が問われる時代 物部川源流域に広がる三嶺の森は、高知県下最大の原生的自然林で樹齢260年生のモミ・ツガ、ブナ、トチ、ケヤキ等の樹木と稜線部には天然記念物に指定されているササ原やコメツツジの群落が広がり、希少動植物も多く、生物多様性・生態系豊かな森なのである。それ故、国定公園、国指定鳥獣保護区、国有林の保護林、緑の回廊、そして自然休養林に指定されている。保護・保全を旨とした森林であり、人間の行為(特別な許可が無い限り開発・伐採、狩猟)は禁じられている。その過程では「三嶺を守る会」(1975年設立)の自然保護活動が大きく寄与してきた。 |
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人間による行為規制と三嶺を守る会の活動によって、人からの破壊はほとんど心配ない状況が作り出されてきた。ところが、今起きていることは、遠因としては人間に要因はあるものの、直接的にはニホンジカの急増・過剰生息によって、自然(植物)が急激に破壊されるという、これまでになかった自然保護問題に直面し、新たな人と自然の関わりのあり方が問われる時代となった。「人を管理して自然を守る」時代から「自然を管理して自然を守る」時代へと変わったのである。 |
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「やれることから始めよう、みんなの力で!」 「盤石の森」と思っていた三嶺の原生的自然林やササ原が近年のわずか3,4年でシカ食害によって急激にボロボロになってきた。そのスピードと規模は驚きに値するものがある。この状況に危機意識をもった「三嶺を守る会」、「森の回廊四国をつくる会」、「物部川21の森と水の会」を始めとするNGO、NPO8団体(現在10団体)が結集して、2007年8月にボランティアネットワーク「三嶺の森をまもるみんなの会」を結成した。 |
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それぞれは異なる視点の立場であっても目標は一つ、三嶺の森をまもること。危機的状況を多くの人びとに知ってもらおうと普及啓発を進め、できることからボランティア活動を展開し、同時に行政に働きかけていくことによって森の保全を目指すこととなった。毎月の定例会議で課題と対策を協議しつつ、やれることから始めようと活動を展開してきた。 発足後、モチベーションの高い多様なメンバーによって、「みんなの会」の活発な活動が展開し、行政も次第に予想以上の対策を進めるようになった。依然として、「根治にはほど遠い」という大きな課題を残しつつも一定の成果もえられるようになった。 |
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みんなの会設立以降、私たちは希少種保護を目的とした当初の植生保護柵(防護柵、防鹿柵)、単木保護を目的としたラス巻き、児童対象の環境教育的活動、そして、シンポジウム・写真展等の普及啓発を展開してきた。以下、それらの活動の概略を記し、今日の課題にふれておこう。 |
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1. 植生保護柵の設置と成果 | ||||||||||
それに引き続き、四国森林管理局も保護柵設置のための資材を調達し、設置場所を協議のもと、さおりが原からカヤハゲに至る稜線のウラジロモミ群落と、カヤハゲのササ原及び韮生越にみんなの会ボランティアが設置した(設置後の植生が蘇った状況は、速報(ネットを張ってこれだけ効果が出ました!)を参照されたい)。 保護柵内で蘇った植生とモニタリング活動 さおりが原、カンカケ谷に設置した希少種を守るための保護柵では、5月からほぼ月1回のペースで「みんなの会・高知大グループ」によってモニタリング調査が始まった。 さおりが原では、次頁写真に見られるようにシカ食害以前にあっては下層植生が生い茂り、絶滅危惧種であるムカゴツヅリやマネキグサ等の草花が夏には花を咲かせ、大木とあいまって自然林の幽玄さを醸し出していた。ところが、2005年頃から被害が始まり、07年にはまったく植生の無い(春から初夏にかけてはシカの嫌いなバイケイソウが茂るが、)林床砂漠の様相を呈する。モニタリングを開始した5月には、保護柵内では、30種を超える植物の芽生えが見られ、柵外との差は歴然であった。 |
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なお、詳しいモニタリング結果は「報告編」の 渡津・石川(高知大グループ)の報告を参照されたい。 |
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さおりが原〜カヤハゲ・韮生越の異常なシカ生息密度の中で なお、さおりが原はシカ生息密度が最も高く、昨年度の四国森林管理局の調査によると、修正しない場合1キロ平方メートル当たり200頭超、糞虫条件からの修正値でも約80頭と非常に高い値を示した。これは、自然林での適正生息頭数5頭からすれば異常としか言いようがない数字である。比較的傾斜が緩くシカの生息環境に適しているからであろう。
ところが、2008年春以降さおりが原のシカ密度は大幅に減少したと思われる。辺り一面にあったシカの糞が、ところどころにしか見られなくなったからである。一部のササを残してほとんどの林床植物を食べ尽くした結果、食料難に見舞われ、中には餓死したと思われる亡骸も見つかったほどで、多くのシカは別の場所に移動したのであろう。 それでも、ササや木の芽、草花等の植物はそれなりの芽生えがあるので、常に巡回しながら食べて生きられる程度のシカ(カモシカも)が生息している。カヤハゲ辺りも同じであるが、目撃数は最も多く、今年の夏一度に10頭くらいのシカが分散してエサをあさっていたという。このことは、保護柵内での植生回復と柵外での植生喪失という状況を説明していよう。 |
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2.ラス巻き〜普及啓発と稜線部重視へ | ||||||||||
樹木の剥皮被害も深刻になったため、それを防ぐため樹に防護ネットを巻く「ラス巻き」もたびたび実施してきた。2007年11月、四国森林管理局からの申し出により、共催によってさおりが原で実施したのが最初である(参加者86名)。以降、2008年には5回にわたり実施した。ネットワークに加えて一般公募のボランティアはもとより、小・中学生、高校生を対象とした環境教育を付加したもの、そして、護るべき樹林帯や特定の樹木(オオヤマレンゲ等)を対象とした保護活動を展開してきた。資材は四国森林管理局・高知中部森林管理署が準備し、企画・計画と作業の多くをみんなの会・ボランティアが担った。
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自然観察とラス巻き体験を組み合わせた環境教育的行事 さおりが原ならびに交通アクセスに恵まれる白髪山登山口駐車場からみやびの丘にかけての地域で児童、生徒対象の行事を実施した。駐車場南面の森林は06年にはほとんど被害が見られなかったが、07年に至って林内のササとナナカマドを中心とする樹木被害が急速に広がってきたところである。
この他、ネットワークメンバーの「(社)高知県森と緑の会」の主催で大栃中学校と徳島県の木頭中学校の生徒を対象に高知-徳島交流「阿佐っ子水源の森シカの食害対策活動」が同地で行われ、みんなの会のスタッフが全面的に協力を行った(08.11.11)。 |
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3.シンポジウムと報告会―普及啓発と情報の公開・共有 | ||||||||||
どう守る危機に立つ三嶺の森―深刻化するニホンジカ食害(08.1.19) 短期間に急激に進行する自然林のシカ食害、県民の宝、流域の源「三嶺の森」の危機を多くの人びとに知ってもらおうと、普及啓発のために計画したのがこのシンポジウムであり、そして、これを契機に対策のあり方を探ろうとするものでもあった。三嶺の森が所在している地元香美市において約150人の方々の参加のもとに開催した。 内容はみんなの会メンバー4人と門脇香美市長を加えた現状の「報告」5点、そして、神奈川県の丹沢でシカ問題に直面し、対策を行ってきた先行事例に関する「講演」が行われ、引き続き活発な質疑討論が行われた。 報告1 金城芳典 「四国東部におけるニホンジカの動態」 報告2 門脇槇夫 「拡大する被害 香美市の農林業被害から自然林被害へ」 報告3 公文 照 「急速に進む被害の実態(1)―長年の経験から 報告4 坂本 彰 「急速に進む被害の実態(2)―調査を通じて」 報告5 依光良三 「林床の砂漠化と土砂流出問題―危機に陥った物部川の生態環境」 講演 永田幸志 「丹沢山系のニホンジカ問題と保護管理計画」 |
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蝕まれる三嶺の森と山々―三嶺・剣山地区シカ被害状況公開報告会(08.6.29) 2007年に林野庁と環境省は、それぞれシカ食害に関する調査の実施を開始した。われわれ「みんなの会」もグループ単位で調査を行っており、それぞれの調査内容を持ち寄って共通認識を深めようと、みんなの会が主催者となって呼びかけて、林野庁四国森林管理局、環境省中国四国地方環境事務所、そして高知県が共催するという形で四国森林管理局において110名の参加のもと報告会を実施した。 報告内容は次の4つであった。 報告1 四国森林管理局 「緑の回廊剣山(三嶺)地区におけるニホンジカ被害の実態」 報告2 環境省中国四国地方環境事務所 「国指定剣山山系鳥獣保護区(三嶺地区)におけるシカの樹皮食い等の実態」 報告3 坂本 彰(みんなの会・三嶺を守る会) 「三嶺周辺のササ植生の変化」 報告4 石川慎吾(みんなの会・高知大グループ) 「植生保護柵設置による希少植物種保護・再生効果」
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どう守る危機に立つ三嶺の森(2)―深刻化する物部川源流のシカ食害(09.1.25) 昨年とほぼ同様の趣旨のもと、さらに深刻化する三嶺および剣山の自然林やササ食害の実態、植生保護柵による希少種の再生、そして土砂流出、濁水問題の物部川への影響等の実態を報告し、引き続き、梶光一農工大学教授に講演をしていただいた。 報告 三嶺・剣山山域におけるシカ被害の実態と流域 三嶺の森をまもるみんなの会
講演 増えすぎたニホンジカの指標と対策 梶 光一(東京農工大学教授・専門「野生動物管理学」 講演の後、依光の司会の下、質疑・討論が行われた。質問としては、ウラジロモミ等の針葉樹の被害が多い理由、シカの推定頭数に関するモノ、三嶺の鳥獣保護区での管理捕獲(個体数調整)にかかわって、科学的調査に基づく生息状況等のデータ、市民に周知してもらうための合意形成・民主的手続き、オオカミの導入、駆除したシカの行方と流通・商品化、ラス巻きの効果等であった。 また、ササ枯れについては、梶先生の講演データから、生息密度が高まると桿高が矮小化するという説明がなされ、キロ平方メートルあたり80頭〜100頭を超える高密度になればササは枯れるという資料が示された。そして、一旦シカは増え出すと飽和状態まで進行するので、早め早めに適切な頭数に減らす対策が必要だと、梶先生は強調され、高齢の猟師がいなくなる5年以内に頭数管理の実施の重要性を強調された。 |
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4.活動の波及効果と新たな展開へ―行政を動かす力に | ||||||||||
その他普及啓発活動〜写真パネル展示とホームページ作成 写真・パネル展は2007年に3回、2008年もシンポジウム、報告会等の行事の前(県庁等)と当日に実施し、また、秋には四国山の日や物部川祭り等の行事に参加してシカ食害のパネルを展示してきた。通算10回程度に達しよう。 また、みんなの会のホームページも藤田朗子さんが頑張ってくれて、12月に立ち上げた。活動状況を詳細に記録した盛りだくさんの立派な内容のものである。これによって普及啓発の手段が増えた。 |
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メディアを媒体とする啓発 私たちの活動の多くはメディアによって取材を受け、大半は報道された。高知新聞、朝日新聞の記事に加えてテレビ取材も何度か受けた。KUTVテレビ高知の「がんばれ高知 エコ応援団」で3回(森と緑の会主催を含む)、NHK、RKC等のニュースでも放映された。その他、ラジオでも何度か取り上げられた(詳しくはホームページ参照)。 |
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それによって、三嶺の自然林シカ食害問題は一般の方々にもかなりの程度知られることとなり、メディアは世論形成に大きな役割を担う媒体として機能してくれた。とはいえ、報道は受け手の関心度で認識の程度が異なるので、全体的にいってまだ十分浸透しているとはいえない。 |
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県による管理捕獲の実施へ 香美市から国・県へのシカ対策強化の陳情に加えて、私たちの活動によるメディアを通じての自然林保全への世論形成は、行政を動かす大きな力となった。その一つが奥山の鳥獣保護区での管理捕獲である。 |
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鳥獣対策課は農林業被害対策を中心に約2,000万円の予算要求を行ったが、昨年7月議会では、議員ならびに知事の判断でなんと4倍増の予算となり、自然林・鳥獣保護区での管理捕獲費も認められた。計画では、捕獲頭数も「保護管理計画」の6,000頭レベルから15,000頭(08年度は10,800頭)に増やし、3年間で一気に減らそうとするものとなった。 | ||||||||||
奥山の自然林では西部の黒尊と奥物部の三嶺地域が管理捕獲の対象となり、黒尊40頭、三嶺250頭の捕獲目標となった。仕組みは、県が猟友会に委託する形をとっており、12月から開始された。ただ、山が深く不案内であることと、猟師間の調整が十分でないこともあって、当面「本丸」が攻められないという課題があるようだ。 |
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カヤハゲ・韮生越の保護柵大幅増設計画へ 先に触れたように植生保護柵の効果が絶大で、保護柵内では短期間に多様な種が旺盛に成長したことから、四国森林管理局はカヤハゲ、韮生越を中心とした植生の再生をめざした保護柵を設置する事となった。そのきっかけは、みんなの会常石事務局長が四国森林管理局川上計画部長に同行して現地視察を行ったことである。 |
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ササ原が枯れて裸地化しつつある中、わずか3ヶ月で植生が柵内一面に蘇った事実は、行政の認識を一段と高め、これを契機に四国森林管理局は林野庁と調整の上、保護柵資材の予算措置を行った。その結果、14カ所程度の新たな保護柵資材の確保とヘリコプターによる資材運び上げが可能になった。資材のカヤハゲ等へのヘリ運搬は08年11月20日に実施し、みんなの会からは3名がボランティア協力を行った。 この保護柵設置作業は、09年4月11日から5月にかけて、四国森林管理局とみんなの会の協働によって実施する計画となっている。一般の方々も多く参加していただきたいと願っています。 |
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「協議会」ないしは「連絡調整会議」の必要性 本格的で実効性の上がる対策は行政に委ねられることはいうまでもなく、ボランティアができることは実体的に極めてわずかなものにすぎない。しかし、私たち「みんなの会」の内発的運動は、普及啓発・世論形成によって一定程度行政を動かしてきたことも事実であろう。このような活動がない地域と比べるとその差は認められよう。 |
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次に、目指すのは「連絡会」、「連絡調整会議」、あるいは「協議会」への展開である。行政はややもすれば縦割りで、バラバラに調査や対策がなされたりする。関わるのは、林野庁、環境省、(流域保全・国土保全という観点からは国交省)、県であるが、それぞれが情報を共有し、役割分担を行いながら効率的な調査や対策を進めることが、少ない予算の効率化につなげられよう。そして、意識の高いNGO、NPOが企画・計画段階から参画することによって一層実効性が上がる対策につながる、等の理由からである。(08年6月のみんなの会主催の「報告会」は林野庁、環境省、そしてみんなの会の調査を持ち寄って報告・議論したものであるが、それによる情報の共有は大いに意義があった。) | ||||||||||
みんなの会のような民間ボランティア団体と行政が協働(パートナーシップ)のもとに、対策を進めることは、今日、環境問題の解決の手法としてまさに求められていることであろう。現場をよく知り、ことの重要性を認識している関わりを持つもの(ステイクホルダー)の参加こそが大事なことである。そういう観点から行政を含む何らかの組織化が必要な段階に至っている。この点に関しては、目下、みんなの会と関係行政機関(林野庁、環境省、高知県、香美市等)とで話し合いを継続中である。 | ||||||||||
2009年01月30日掲載 | ||||||||||
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